東急5000系
※おことわり
以下に記載する内容については、筆者本人の経験と推測より記述されているものが多く存在するため、
事実とは異なる可能性が十分あることを承知された上でご覧くださるようお願いいたします。

1.形式概要(内容はすべて2006年4月現在)
2001年12月25日、突如として発表された田園都市線用の5000系はCGを用いたイメージ図でその形状は明確なものだった。9000系〜7715Fまでおよそ10年続いた前面形状は3000系で三次元的な前面、ダルフィニッシュ仕上げのSUS側面と紺の入った帯など時代の変化と将来を見越した設計が目を引いた。そして東急のあらたな新標準形式として登場した5000系は発表から半年もたたない2002年3月末に5101F×10輌が長津田へ搬入された。
一ヶ月あまり試運転を行ったあと4月30日に東急車輛から引き渡され車籍に登録、5月2日、朝の一往復の運用に投入された。その後4日間は運用をRailfan
Tokyuのサイトで公開し、しばらくの間ヘッドマークを取り付けて走行した。
6月には走り込みの時期だが、合間をぬって再び試運転が連日のように繰り返された。そして12月、5102Fが投入された。使用実績や実情に合わせた仕様変更がなされ、5101Fも追って量産化改造工事を施工している。半蔵門線から東武伊勢崎線への最初の直通試運転に使用されたのは5101Fであった。その後増備された編成も運用に就き、その合間をぬって南栗橋まで試運転を行っている。3月19日には予定通り田園都市線・半蔵門線・東武伊勢崎・日光線の直通運転が開始された。
同じ3月頃目黒線の増発用として5181F×6輌が投入されこちらも使用路線にあわせた仕様変更がなされている。この5181Fは元住吉検車区の所属であるため、その後投入される東横線走行用5000系列のためや信号装置のため、昼夜問わず運用の合間に試運転を行っている。今はなき桜木町にも入線している。
Y500系は2003年9月に横浜高速鉄道みなとみらい線投入用として登場した。(さまざまな資料には別枠として書かれているがここではシリーズの中のものとして扱う。)Y511F〜Y516Fはそれぞれ8輌編成で増備され、のちにY516Fは先行して東白楽から一両ずつ毎晩2輌を搬入した。余談だが9008Fも搬入され1月31日の線路開通まで地下ですごしている。二編成で新製地下区間を走行するため、Y516Fは先行落成しY506には塗油装置が搭載された。
東急では久々の廃区間・廃駅が発生し営業キロも減るという事実と引き換えにみなとみらい線開業、そして直通という大事業を成し遂げた2004年春、東横線に満を持して5050系が投入される。5151Fは4月1日に運用に就き、ちょうど桜の季節にピンク色の帯をまいた編成は登場した。その後5153Fまでが投入、運用され最初の二本についてはヘッドマークを掲示してしばらく運用された。5151Fは田園都市線へ戻り試運転を行っている。ほぼ同時に5182Fが増発用として増備されている。また、ラインカラーが前面番号脇にも貼られるようになった。
2004年は東横線5050系増備され、同線を走行する8000系を順次置き換えた。これは13号線乗り入れに伴う渋谷駅地下化と代官山駅付近に設置される東急最大の勾配が影響する関係で8000系の能力では問題があると推測される。そのため早めに東横線から界磁チョッパ制御の車両を排除し10輌化に備えた車輌増備体制を確立するのが目的かと思われる。
2005年2月14日には東急初の6扉車が混雑の激しい田園都市線に導入されることとなった。編成中2輌を6扉としT車として新造。2004年10月に東武線内で踏切事故を起こした5104Fが長らく休車扱いとなっていたが、不足する車両を補完するように置き換えられている。ただし組込の際に電動車とともに組替を行い連結位置の調整を行っている。そのため既存の号車も一部車号変更となった。
3月30日に入籍した5156Fでは東急5000系としては初の塗油器が装備された。
2005年4月中旬に5107Fが長津田へ搬入され27日から新たに6扉編成として運用を開始しているが、旧5604を組成し9輌で増備された。空調機器については混載となっており、行先表示機もフルカラーLEDとなったので1輌のみ幕・LEDの別表示となった。
2006年2月から6扉の認知、走行距離から6扉編成も終日運用となり、4月からは休日も使用が開始されている。また、5106F中間車組み込み用の6扉2輌と5108Fが10輌で搬入された。5月8日から6扉車4編成体制での運行を開始している。5108Fは元5304を5408として編入したことになっているが、構体を新製し一部の部品を流用している。
10.保安装置
11.諸元表